原名は『山口旅館』昭和時代、高松宮宣仁親王が来台期間に増築した。

清透な百年の名湯を発見

台湾早期の段階に出入りする度、住民が川に沿って遠く徒歩するだけでなく、その川を4回ほども渡らなければならないため、『四重渓』と名付けられた。この渓流は堆積岩地域に属し、アルカリ性ナトリウム炭酸水素塩泉が地中から湧き出て、古称は『出湯』である。

ここの泉質は酸性温泉のようなピリピリ感がなく、すべすべ感を感じる温泉であって、水温は常に50〜60℃、北投溫泉、草山溫泉及び關子嶺溫泉に並び、台湾四大名湯の一つに数えられる。

昔の思い出に浸る

1895年、日本の憲兵の高橋氏が馬で渓流の流れに逆らって、山に登って行ったら、この『出湯』を発見した。直ちにこの地域が開発され、それから将領や軍官たちに愛される所になった。中華民国初期にも、かつて副大統領の陳誠氏など有名な方々がここまで足を運んで頂いたという。

建築物の外観からインテリアデザインまで、昭和時代の独特な風景や雰囲気は完全に残され、隅々にまで歴史の跡が微に見えるようである。

恒久の愛を追求する

今から約90年前、日本昭和天皇の弟・高松宮宣仁親王と親王妃が新婚旅行で四重渓の山口旅館でハネムーンを過ごされたという。

素敵な檜や大理石で建造されたお風呂場をはじめ、百年の天然な源泉及び親王夫婦のロマンなど、全て完全に保存されてきた。中華民国三十五年(1946年)、今現在の『清泉日式温泉館』という店名に変更した。

昭和五年(1930年)日本昭和天皇の弟高松宮宣仁親王夫婦のハネムーンスイート
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